遺言ビデオ

会社の同僚の話。
そいつはフリークライミングが趣味のKという奴で、
俺とすごく仲がよくて、家族ぐるみ(俺の方は独身だが)での付き合いがあった。
Kのフリークライミングへの入れ込み方は本格的で、
休みがあればあっちの山こっちの崖へと、常に出かけていた。

半年くらい前だったか、急にKが俺に頼みがあるといって話してきた。
「なあ、俺がもし死んだときのために、ビデオを撮っておいてほしいんだ」
趣味が趣味だけに、いつ命を落とすかもしれないので、
あらかじめビデオメッセージを撮っておいて、万が一の際にはそれを家族に見せてほしい、ということだった。
俺は「そんなに危険なら、家族もいるんだから辞めろ」といったが、
「クライミングをやめることだけは絶対に考えられない」とKはきっぱり言った。
いかにもKらしいなと思った俺は、撮影を引き受けた。

Kの家で撮影したらバレるので、俺の部屋で撮ることになった。
白い壁をバックに、ソファーに座ったKが喋り始める。
「えー、Kです。このビデオを見てるということは、僕は死んでしまったということになります。
 ○○(奥さんの名前)、××(娘の名前)、今まで本当にありがとう。
 僕の勝手な趣味で、みんなに迷惑をかけて、本当に申し訳ないと思っています。
 僕を育ててくれたお父さん、お母さん、それに友人のみんな。
 僕が死んで悲しんでるかもしれませんが、どうか悲しまないでください。
 僕は天国で楽しくやっています。
 皆さんと会えないことは残念ですが、天国から見守っています。
 ××(娘の名前)、お父さんはずっとお空の上から見ています。
 だから泣かないで、笑って見送ってください。ではさようなら」

Kが言い終わったのとほとんど同時に、「破ぁ!!」という声とともに青白い光がまたたき、
俺の部屋の扉が木っ端微塵になって吹っ飛んだ。俺とKの共通の友人であり、寺生まれで霊感の強いTだった。
俺たちが唖然としていると、TはKに近寄り、ふたたび「破ぁ!!」と気合を入れて、なんとKをぶん殴った。
すごい勢いだったので、Kはソファごとひっくり返った。Kを見下ろしてTが言う。

「自分の欲のために家族をないがしろにして、その上天国に行くつもりか? おめでたい頭だな」

飛び起きたKは、Tにつかみかかり、それから取っ組み合いになった。
俺は慌てて二人を引き剥がしたが、Kはとても落ち着きそうになかった。

「家族を大事にしないと地獄に落ちるってか? 坊主は気楽だなあ?
 んなヨタ話偉そうな顔して喋ってりゃいいんだからよ? 行ってやるよ地獄でもどこでも」

Kの暴言に対して、Tの反応は思いの外冷ややかだった。

「怖くないか……じゃあ、見てみるか?」

Tはさっきまで撮影していたビデオを、ビデオデッキに入れて再生を始めた。
ヴーーーという音とともに、真っ暗な画面が10秒ほど続く。
あれ?撮影に失敗していたのか?と思った瞬間、真っ暗な中に突然Kの姿が浮かび上がり、喋り始めた。

『えー、Kです。このビデオを・・るということは、僕は・・んでしまっ・・いう・・ります。
 ○○(奥さんの名前)、××(娘の名前)、今まで本・・ありが・・・』

Kが喋る声に混ざって、さっきからずっと鳴り続けているヴーーーーーーという雑音がひどくて、
声が聞き取りにくい。

『僕を育ててくれたお父さん、お母さん、それに友人のみんな、
 僕が死んで悲しんでるかもしれませんが、どうか悲しまないでください。
 僕はズヴァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア××(娘の名前)、
 お父さん死んじゃっヴァアアアアアアアアアアアアア死にたくない!
 死にズヴァアアアアアアアにたくないよおおおおヴヴァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア
 アアアアアア、ザッ』

背筋が凍った。
最後の方は雑音でほとんど聞き取れなかったが、
Kの台詞は明らかに撮影時と違う、断末魔の叫びのような言葉に変わり、
最後Kが喋り終わるときに、暗闇の端から何かがKの腕を掴んで引っ張っていくのがはっきりと見えた。

さすがのKも顔面蒼白になって震えていた。
Tは、今まで一度も見せたことのない、とても険しい顔をして、ポツリと言った。

「お前、このままだと地獄に堕ちるぞ」

それからKはフリークライミングをすっぱりとやめた。
また、前にもまして奥さんと娘を大事にするようになった。
あまりの変わりぶりに、Kの奥さんは逆に心配したほどだ。
さすがにビデオのことは話せなかったので、友達の坊さんに説教されたんだと説明しておいた。

あのときTが語ったところによると、Kはビデオを撮った時点で完全に地獄に引っ張り込まれており、
あのままなら、あの直後に事故にあって死んでたはずらしかった。

「仏様でも、自分から助かりたくない、救いなんていらないってやつは助けらんないんだよ」

Tはそう言って、ビデオテープを放り投げると、「破ぁ!!」と言って手のひらをつきだした。
青白い光がまたたいて、テープは木っ端微塵になった。

「だから、命を粗末にするな。お前が死んだり、地獄に堕ちたら……
 俺は耐えられない。だから命を大事にしてくれ。地獄に行っていいなんて言うな。頼む」

いつも豪快なTが、珍しく弱々しい口調でそう言って頭を下げたの見て、Kは泣いていた。
ツンデレってすごい。
俺は改めてそう思った。




人気記事
    PAGE TOP ▲
    ×

    この広告は180日以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。