反省

Aさんは華のような女性だ。
それも過剰に派手だったり無駄に目立ったりするものではなく、もっと慎ましく
清らかで、ただそこにあるだけで周りを幸せにしてくれる種類の華だ。
この狭くて薄暗くて小汚い教室も、彼女がいれば緩やかで暖かいクリームのような
空気に満たされるのだ。

ところが最近、そのAさんに元気が無い。元々やせ形なのに、更に痩せたように見える。
ゼミも休みがちで、講義中も上の空なことが多い。
彼女はまるで夏の終わりの睡蓮のように、日を増す事に少しずつ萎れていくのだった。

近頃、隣町で若い女性ばかりが襲われるという物騒な事件が多発しているようだし、
彼女の身に何か良くないことがでも起こったのだろうか。
初めのうちはただ心配そうに見ていることしかできなかった僕も、ついには見てられなくなり
なけなしの勇気を振り絞って声をかけることにした。
これを機に親しくなれるかも…という不純な思いも無かったとは言えない。
が、何より僕にとって、彼女の笑顔が見れないということは死活問題なのだ。

「彼が消えちゃったんだ」と彼女は言った。

そりゃそうだ!彼氏くらいいるよなぁ、なんとなく分かってたよ。
…分かってたけどつらいもんはつらい。
それが消えただって?何も言わずに?こんな可愛い娘を残して?
何考えてやがるんだ!無性に腹が立ってきた。
いや、でもそんな甲斐性の無い男、いなくなってよかったよ。
君にそんな悲しい顔させるような奴のことなんか、さっさと忘れた方がいいよ。

などとはとても言えるわけもなくて、訥々と話す彼女の言葉に、相槌を打ち続けることしか
できずにいた。そればかりか、僕は遠慮するAさんを押し切ってまで強引に
「なくしもの探しのエキスパートを紹介する」という約束を取り付けてしまったのだ。
我ながら何たる逆走か。

そんなわけで、僕は久しぶりに寺生まれのTさんに連絡を取ることになったのである。

「任せときな、破っと言う間に見つけてやるさ!」
40分遅れで待ち合わせの喫茶店にやってきたTさんは、悪びれる様子もなく
注文したナポリタンを豪快に食べ終えてから、高らかにそう宣言した。

このTさんは寺生まれで霊感が強く、除霊やまじない・霊視などを得意としている
少し変わった先輩だ。
少し変わったトラブルに巻き込まれた時に、男は日本酒一瓶、女は携帯番号を対価
として支払うことで、その類い希な力を貸してくれるというわけだ。

Aさんと、Aさんの番号が書かれたメモ交互に眺めながら、いやらしい顔をしている
Tさんを見ていると、心配事は尽きないが、
とにかく今は彼女の笑顔を取り戻すことが最優先だ。

「あの、そろそろ始めませんか?」と、いつまでもにやけてるTさんを促した。

「うむ、さっさっとやちまうか。頼んでたもの、持ってきてるよね?」
「はい」そう答えてAさんは鞄から数枚の写真と一着のスウェットを取り出して机に置いた。
「彼の写真と、彼が家に泊まりにきた時にいつも着てたものです…これで大丈夫でしょうか?」

おいおい、お泊まりまでしちゃってるのか!そうだよな…付きあってるんだもんな。
写真を見る限り、そんなに男前でもないと思うんだけどなぁ。
などと情けない僻みや嫉みに頭を巡らせている僕をよそにTさんは満足そうに頷いた。
「オーライ、これだけあればばっちりだ。まぁ見てな」
そう言うとTさんは打って変わって真剣な表情になり、机上のスウェットに手をかざし叫んだ。

「映屋ーーーっ!!」

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・長い沈黙。

どうしたというのか?いつもならすんなり霊視を終わらせて、訊いてもいないことまで
べらべらとまくしたてるTさんが、額に汗を浮かべて固まっている。
僕もAさんもその場から動くことができず、固唾を呑んで見守るしかなかった。

それからどれくらい時間がたったろうか。
ようやく体勢を戻したTさんが煙草に火を付けながら口を開いた。

「すまん。…何も見えん」

「そんな!」僕はソファーから身を乗りだし、声を荒げた。
「どういうことですか!?何も見えないって…」
勇んでTさんを紹介した者として、このまま彼女を手ぶらで帰すわけにはいかない。
しかしTさんは食い下がる僕を遮るように頭を下げた。
「見えんもんは見えん。Aちゃん、申し訳ない」

Tさんに頭を下げられたAさんは、とても恐縮してしまっているし
その余りにも素直な謝りっぷりに、僕ももう何も言えなくなってしまった。

何の収穫も無かったにも関わらず、Aさんは丁寧にお礼を言って帰っていった。
本当は駅まで送って行きたかったけれど、こんな状況で道中どんな話をしたらいいのかわからなかったのだ。

「Tさんでも失敗することあるんですね…」
僕はTさんを、そして自分を慰めるように呟いた。が、
Tさんは聞こえているのかいないのか、疲れた顔で紫煙を燻らせているだけだった。

これはTさんにも申し訳ないことをしたかな。それに明日からAさんと会うのがちょっと気まずいよなぁ…。
そんな事をなんとなく考えながら二杯目のコーヒーをすすっていると
Tさんがおもむろに、とんでもない言葉を発した。

「Aちゃんの『彼』な、死んでたわ」

「!!?」僕はコーヒーを吹き出してしまいそうになった。
そういうことだったのか!Tさんにはちゃんと視えていたのだ。悲劇的な結末が。

「…そりゃあ、彼女には言いにくいですよね」
「ん……まあな」と、なんとも歯切れの悪そうに答える思案顔のTさん。
そうなのだ、これを知れば彼女はもっと悲しむ事になる。
既に知ってしまった僕は一体これからどうすればいいのだろうか?どんな顔で彼女に会えばいいのか?

「それじゃ、行くか」僕の逡巡を断ち切るように、Tさんが立ち上がり言った。
いつものような力強さはないけれど、何かを決心したような、よく響く声だ。
「あ、帰ります?…今日はなんか、すいませんでした」
「何言ってんの、お前も来るんだよ」
「え?どこか行くんですか」
まだ頭の整理がついていない僕に、Tさんはまたとんでもない事をさらっと言う。

「え?遺体見に」

「ええっ!!今からですか!?って僕も一緒に行くんですか!?」

「当たり前だろ。未発見の死体の場所がわかってるのに、ほっとけないだろうよ。
それにこれはお前が持ってきたヤマだろうが。俺だって本当は気が進まねぇんだよ?
多分もう腐敗始まっちゃってるだろうし。」

腐敗した死体。そんな事を聞かされたら余計に尻込みしてしまう。
でもこの人は、やると決めた事は他人がどれだけ拒んでも必ず実行する男だ。
僕は無駄と知りながらも、一縷の望みを賭けて別の提案をしてみる。

「そ、それならまず警察に連絡した方がいいんじゃないですか?」
「警察に何て説明すんだよ?『○×に死体がある気がするんで捜してみて下さい』
とでも言うのか?何にせよ一度現場には行かなくちゃならんだろ。

 それに、タチの悪い自縛霊になってる可能性もあるしな。
経験上、こういうのは早めに対処するに越したことはない」
そう言い終わらないうちに、Tさんはもう僕の鞄を抱えて喫茶店の出口に
向かって歩き出していた。

もう観念するしかない。
僕は残されたレシートを握りしめ、急いでTさんの後を追った。

Tさんに連れてこられたのは、僕らの住む街から電車で1時間程度の○×市にある
鬱蒼とした雑木林だった。
そしてその林の奥深く、大きな枯れ杉の下に『彼』は眠っていた。無惨に朽ちかけた姿で。

Tさんによって掘り出された『彼』を見た瞬間、不覚にも、というか案の定というか、
僕は昼に食べたものをすべて土に還してしまった。
そのTさんはといえば、始めの内は顔をしかめて片目だけで発掘作業をしていたものの
今ではもう慣れた様子で死体やその周りをしきりに観察している。

よくやるよ。と思いながらもこわいもの見たさから、もう一度だけ恐る恐る
『彼』の方に目を向けると、土まみれでボロボロの衣服に、かなりの量の
赤黒い染みがついていることに気がついた。

「…これって…血ですか?」
極力平静を装って聞いたつもりだったが、自分の声が震えているのが分かる。
「うん、滅多刺しにされてるよ。ひどいもんだ」
「さ、殺人事件じゃないですか!!」
「まあな。でもそんなもん、こんな人気のない雑木林に埋められてる時点でわかってただろ?」
なんてことだ。彼女の大切な『彼』はただ死んだのではなくて、誰かに殺されて、しかも隠されたのだ!
「それだけじゃない。もっと面倒くさいことになってるぞ」
何がおかしいのかTさんは唇の端を上げ呟いた。

「ここに『こいつ』の霊魂は居ない。…とっくに成仏した、わけないよな。
こんな酷い目にあっといて」

「…どいうことです?」

「こういった遺体の場合な、その霊魂は殺された場所か殺した人のところに居る
もんなんだよ。で、ここが殺された場所だ。なのに居ない」
「じゃあ、殺した人のところに行ったんじゃないんですか?」
「それが居なかったんだよ。だからてっきりここに居るのかと思ってた」

「居なかったって、会ったんですか!?Tさんは誰が殺したか分かってるんですか!?」
「まあな。本当何もかも視えてたよ、事件が起きる瞬間もな。寺生まれ舐めんなよ?」
Tさんは少しおどけて「破っ」のポーズをとってみせたが、すぐにまじめな顔に戻って話を続ける。
僕を更に混乱させる。

「それで、近頃この辺を騒がせてる女子大生連続殺人事件、そっちの犯人は多分『こいつ』だわ。
探してるみたいだな、自分を殺した人間を。被害者からしたらとばっちりもいいとこだけど」
「それじゃあ『彼』の霊魂は復讐のために街を彷徨って、自分を殺した人に似た女を殺してるってことですか?
つまり『彼』をこんな目に遭わせたのは、若い女…」

そこまで言って、自分がとても恐ろしい事を言ってしまった気がして口を噤んだ。
これ以上考えてはいけない。何も聞きたくない。でもTさんはそれを許さない。

「お前も流石にもう気づいただろ?誰が『こいつ』を殺したか」
「……見当もつかないです」

「頼むぜ、俺に言わせる気かよ。俺だって本当はこんなこと言いたかないんだ。
今日、俺が霊視してからここに来るまでに会った人物で、尚かつ『こいつ』と関わりのある
若い女性なんて、一人しかいないだろ」

「違う!」それは違う。Tさんは間違っている。彼女のはずない。
あんな優しい娘がこんな酷いことをするわけがない!

「もし彼女が犯人なら、言われた通り『彼』の写真や私物を用意するわけないじゃないですか。
偽物を持ってくればよかったんだから!自分の首を絞めるような真似をするなんておかしい!」

「まぁ、俺が本当に霊視出来るなんて思ってなかったんだろうな。
知らない人間い、いきなり霊視してやると言われて、信じる奴の方が珍しいさ」
Tさんは諭すように言って、それからこう締めくくった。

「いや、もしかしたら本当に見つけてほしかったのかもな…」

その後のTさんの行動は迅速そのものだった。
Tさんが一度「破っ!!」と叫ぶと、死体が浮かび上がり、街のどこかを彷徨っていた『彼』の霊魂は消滅し
もう一度「破っ!!」と叫ぶと、死体は警察病院へ、自宅で眠っていたAさんは刑務所へと飛んでいった。
 
「後半部分は蛇足だったな…この話、もっとコンパクトにまとめられたはずだ」

自分の活躍ぶりを振り返り、反省点まで述べているTさんを見て
寺生まれってやっぱりスゴイ。心からそう思った。




人気記事
    PAGE TOP ▲
    ×

    この広告は180日以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。