風に当たりに

俺が以前、言えば誰もがわかる超一流企業で働いていた時のこと。
当時、その会社は六本木のあるビルに入っていたんだけど、そこでは自殺が良くあった。
誰もかれもってわけじゃなく通称「Aちゃん」と社内で呼ばれる奴らに限る。
あ、「Aちゃん」ってのは国立出身で、親が局長クラスのエリート中のエリートのことね。
自慢になるけど、俺もそのAちゃんだったわけ。
で、そのAちゃんの連中はたいてい遅くまで仕事することになるんだけど、
途中でタバコなりトイレなりで席を離れることがあるじゃない?
この時、「俺、ちょっとタバコいってくるわ」ってな感じで用件を言って出て行くのはセーフ。ちゃんと戻って来る。
でも「風を当たりにいく」と言って出て行ったら、これはアウト。高確率で自殺する。
出て行って15分くらい経ったら誰かが様子を見に行って、呼び戻すってことになってる。
なんでかしらないけど、みんな非常階段の同じ階の踊り場にいるんだよね、そういう時って。
俺も何回か呼びに行ったけど、100%そこなのよ。で、自殺した奴も100%そこから飛び降りてる。

で、ある日の夜、残業中にトイレ休憩に行ったらふと風に当たりたくなったのね。
もうホントふら〜って感じで涼しい風に吹かれたら気持ちいいだろな〜って思考に全てが支配されちゃった。
で、自然と例の踊り場のところに来ちゃってたんだよ。
その踊り場って確かに良い風が吹いて、凄く清々しい気持ちになれる。
景色はあんま良くないけど。周りは同じようなビルばっかりで、空も暗いし。
それで手すりのところからひょいって下を除くと、街灯に照らされて立木が闇の中で浮かび上がってるの。
ああ、ここから落ちた人はみんなあそこにぶつかるんだよなぁ、あの程度の木じゃクッションにならないよなぁ、
ってそんなことが頭の中をぐるぐる回りだす。
もう視線はずっとその立木のところを見てて、周りのことなんか何にも気にならなくなって
ただひたすら飛び降りる時ってどんな気分だったんだろうなぁ、ってことばかり考えてた。
で、じゃあ試してみよっか、とホントに軽い感じで手すりを乗り越えようとして、

「破ァ〜、いい風だな。この場所」
寺生まれのTさんが非常口を開けてやってきた。
「ちょっとブレイクしない? 破ァだけに」
そんな冗談を言いながら紙コップを差し出して来る。
後ろで何か悪霊らしきものが光弾に吹っ飛ばされた気がするけど、気にしないことにした。
「え〜、俺コーヒー苦手なんだけどなぁ」
ちょっと砂糖多めのコーヒーで一息つきながら、寺生まれって温かい、そう俺は思った。

その後、俺は会社を辞めてニートの引き籠りになり、親を泣かせる毎日を過ごしている。




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