祝詞を唱える声

まあ先達と比べれば面白くないだろうが1つ付き合ってくれ

一か月くらい前の話だ。曇っていて月が見えない夜に、俺はそいつに遭遇した。
いつもの如く上司に顎で使われ、うみつかれて歩いていた俺の耳に、何か得たいの知れない声が響いてきた。
声、と表現したのはそれが唯の音素の羅列ではなく、意味のある日本語だったからだ。
「ソテナテイリサニタチスイイメコロシテ」
祝詞である。
想像してみてほしい。真っ暗な夜道、周りに誰もいない場所で祝詞が響きわたるなんてことがあり得るのか。
しかもそれは今は使われていない古いタイプの祝詞である。つまり信心深いお年寄りがなにかに驚いてとっさに唱えているって可能性もゼロだ。

もちろんそんなことを咄嗟に考えられるわけもなく、俺はその場をかけ足で逃げ出した。
ところがその祝詞を唱える声はどんどん近づいてくる。こんなことなら日頃から体を鍛えておきゃあよかった。
こういうときは後ろを見ないのが鉄則だ。振り返ることでスピードが落ちるからな。でも俺は振り返っちまった。そこには

――頭だ
人間の頭だけがゴロゴロ転がりながら祝詞を唱えている。暗い所為で男か女か、ましてどんな表情なのかはわからなかった。
恐怖が限界に達したが、声をあげはしなかった。ご近所に迷惑だからと、こんな時なのに考えていた。
そのうち突然ドボーンと何かが水に落ちる音がしてその声は聞こえなくなった。
恐る恐る戻ってみると、そこには排水溝がぽっかりと口を開けていた。
近所のガキが蓋にいたずらした所為で壊れてしまい、数日前からそこの所の蓋はなくなっていたのだ。
おまけにその日は雨上がりで、水嵩が増していた。
間抜けにもあの頭はそこに落っこちて、そのまま流されてしまったらしい。
耳を澄まして見ても水が流れる音だけが聞こえる。
ところが…
突然排水溝から水が逆流してきた。その水に俺は押し流されてしまった。
向こうからあの頭が再びこちらへ向かって着ている!もう駄目だ!

その時、その頭の奥から白い人影が凄い勢いで近づいてきた。
Tさんだ!
寺生まれのTさんがバタフライでこちらに向かってきている!
「激流に身を任せ同化する」
Tさんは俺を掴んで岸まで引っ張り上げると、追ってきた頭に対して、
「天を見よ、見えるはずだ・・・あの死兆星が」
というと、胡坐をかいて宙に浮いた。
「破ァン!!」
掲げた手から青白い光が放たれると、その頭はちにゃっと言って消滅した。
「せめて痛みを知らずに安らかに逝くがいい。」
そう云うとTさんは、ユクゾっと言って高速で飛んで行った。

寺生まれって凄い。
俺はそう思ったね。




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