見覚えのある生首

いつだったか、俺はある夏の暑い日に、難易度が高くて有名な山に単身登った。登山が趣味なんだ。
最初は順調だった。景色を楽しみ、野鳥や虫の鳴き声に癒されながら夢中で進んでいたが、気がつけば迷ってしまっていた。右も左も分からぬ内に日は沈み、しかも豪雨が降り始めて最悪の状況。外との連絡手段もなく、いよいよ本当に死ぬと思った。
絶望的な心境でひたすら木々をかき分けていると、一見の山小屋を見つけた。ノックしてみると感じのいいオジサンが出てくる。
どうやらこの辺一帯の管理をしている人らしく、事情を説明すると喜んで小屋に入れてくれる。
中で温かいスープをご馳走になり、毛布にくるまっていると、助かったという安堵と今までの疲れが一気に押し寄せてきてあっという間に眠りこけてしまった。


何時間経った頃だろうか。ふと、妙な気配を感じて目を覚ますと、まだ深夜らしく明かりもついていない真っ暗な小屋の中でゴソゴソと音がする。
よく目を凝らしてみると、オジサンがクローゼットを開けて中を整理していた。そこには、なんと穏やかな寝顔をした人間の生首が大量に並んでいたのだ。
俺は驚愕の余り固まってしまった。しかも、その中には見覚えのある顔もある。暗くてよく見えないが、あれは登山仲間だったか?
とにかくこのままでは俺も殺される。このオジサンの皮をかぶった悪魔は、安心しきって寝ている人間の首を刈るのが楽しみなんだ。
我に返り、急いで逃げようとするが、意思とは裏腹に体が全く動かない。何故だ!?

そうこうしている内に、悪魔がこちらを振り返る。残忍な笑顔、その手には巨大な斧。今度こそ死ぬのかと諦めかけた時、窓の外から眩い光が差し込んできた。
視線だけを動かし外を見てみると、なんと寺生まれで霊感の強いTさんがパラシュートで上空から現れていた。彼の周りで青白い炎が輪っかを作り、神々しい輝 きを放っている。いつの間にか雨も雪に変わっていたらしく、彼の姿は白銀の世界に舞い降りた天使のように美しかった。
そしてTさんの腕の動きに合わせて炎が輪の中に五芒星を描き、それが瞬く間に巨大化しながらこの山小屋へと落ちてくる。
まるで昼間のような明るさと暖かさに包まれ、俺は何ともいえない心地よさを感じた。悪魔もウッ、と呻いて目を覆っている。
Tさんは窓を蹴破り入ってこようとしたが、思ったより窓ガラスが固く、一度弾かれてしまい、そして鍵がついてないことに気付き普通に開けて小屋に入ってきた。
「待たせたな」
「Tさん! どうしてここに?」
「俺の力は親父に比べりゃまだまだだからな。山篭りで修行してたのさ」
俺は救世主の登場に安心し、未だうずくまっている悪魔に目をやる。
「早くこの悪魔を消し去ってください!」
Tさんは言われるまでもない、とばかりに悪魔へ歩み寄り、首筋に鋭い手刀を叩き込み気絶させた。そしてお決まりの呪文を唱えるかと思いきや、それ以上は何もしない。
「……? どうしたんですか、Tさん。早くしないと……!」
「……残念だが、こいつはただの人間だ」
え? 俺は意味が分からず、呆然とする。

Tさんはこちらを振り向き、少し悲しそうな目をした。
「俺は、お前を浄化しにきたんだ。今そこにいるお前は、とっくにこいつに殺されちまってるんだよ」
俺がもう死んでる? 何をバカなことを。だって俺はさっきまで山を登ってて、遭難しそうになって、この小屋を見つけて……
「自分が死んだことに気付いてない奴ってのが、地縛霊になりやすい。寝てる間に首を切られたんじゃ、しょうがないけどな……
だがお前の魂はその無念を発散すべく、近くに来た登山者を次々とこの小屋へ引き寄せていた。そして今のように身動きを封じ、この殺人鬼の手助けをしてたってわけだ」
「そんな……嘘だ……」
俺には一切そんな自覚はなかった。
だが、ふと自分の体を見てみれば、全く買った覚えのない服を着ている。体格もまるで違う。
そもそもどうして夏に山に入ったのに雪が降っている? それに、さっきの見覚えのある生首、あれはどう考えても……
「さあ、早くそいつから出ていくんだ」
Tさんが俺の、いや、俺のせいで殺されかけた人間の額に掌をあてる。
「すいませんでした……俺……俺とんでもないことを」
「……元はお前が悪いわけじゃない。だが、償いたいなら次は寺に生まれて、多くの人を救うことだな」
「はい! 必ず、俺もTさんみたいになります!」
「楽しみにしてるぜ。じゃあいくぞ……破ぁ!!」

寺生まれってスゴイ。薄れゆく意識の中で、俺は心からそう思った。




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